障子の張り替え

投稿者: | 2018年1月8日

今日は、朝から雨。
いちんち中、雨。

雨の日は「Rainy Jazz」という Live Stream をよく流す。
軽いJazzのBGMなんだけど、
おかしいな、バックに雨音が入っている。

雨音なら、
ウチのトタン屋根の方がもっとLIVE感が溢れているけれど、
まぁ、雨音には雨音の方が違和感がない、というか。

それに飽きたら、
小室等の「雨が空から降れば」を歌ってみたりする。
1970年、アンダーグラウンド、別役実の劇中歌。

雨に日には、雨の歌。
それにしても、夜明け前からどうも頭が重たい。

 

 

昨日、壊れた桟木をボンドでくっつけていました。
もう、充分くっついただろうし、
水洗いした桟もそろそろ乾いただろうから、
今日は新しい障子紙を貼ろう。

 

 

糊は、刷毛にしようか、チューブ式にしようか、
少し迷ったのだけれど、
刷毛を洗うのも面倒くさいしなぁ、と思いチューブ式に。

しかし、それが敗因であった。

これ、先の細い穴から糊がひと筋出るようになっていて、
押し出すのに結構な力がいる。

しかも枠の広い部分を塗るのに、
この先端の構造がどうも使いづらくて、
あたりをベタベタの糊だらけにしてしまう。

一枚は何とかこれで済ませたのだけれど。

 

 

あー、もーやっとられん。
ということで、
2枚目からは刷毛に持ち替えた。

そりゃー、やっぱり刷毛のもんでしょう。

障子張り用の薄い刷毛も、
以前買ったものが、確かどこかにはあるのだけれど、
もう今となっては探し出しようもない。

このペンキ用の刷毛で充分に用は足すのだが、
問題は塗り方。

糊の場合、ペンキのようにサァーっと塗っちゃうと、
全部塗り終える頃には、もう最初の方が乾いてしまって、
そうなると障子が浮いてしまう。

障子の糊はね。
薄く塗るんじゃなくて、タンタンタンと、
糊を置いていくようにするんです。

そうそう、そうだったよなぁ。

3枚目を塗り終わる頃には、
かなりコツも分かって、上手になっていたのだけれど、
まぁ、上達した頃にはたいがい仕事は終わるもので。

今度、障子張りをする時には、
そんな事もすっかり忘れていて、また一から、
になるんだろうな、たぶん。

プロがプロの仕事をするのは、
そりゃ、毎日同じ事を繰り返しやるからだよね。
身体で覚える。
それが、年季っちゅうもんです。

 

 

襖の張り替えまでやろうと思っていたのだけれど、
殊の外、足元が冷え込んできたので、
無理しない。

頭が重かったのは、
どうも風邪の初期症状だったかもしれません。
微熱。今日はもう、葛根湯を飲んで休息。

そうそう、
「ユー・ガット・メール」という映画を久し振りに見た。
1998年の作品だから今から20年前。
メグ・ライアンとトム・ハンクス。

パソコンを立ち上げてメールを見るんだけれど、
「ピッ、ポッ、パッ、ポッ、ガガガーッ」って機械が電話をかけてる。
この時代は、まだアナログモデムだったんだ。

そのちょっと前なら、
受話器に音声カプラをくっつけて、
それをバンドで縛って、300bps とかで通信してた。
公衆電話BOXにこもって。
2400bpsのモデムなんて、とても高価で手が出なかった。

1Kbpsが1,000bpsだから、1Mbpsなら1,000,000bps。
今ならわずか1Mbpsだとしても、当時の3333倍の通信速度です。
Mosaicで表示された画像を初めて目にした時は、かなり衝撃的でした。
それからかれこれ20年。いい時代に生きてるのかなぁ。

映画は、ただただ長閑。
20年も経てば、機械も人の心もどうしようもなく変わってしまうよね。

明日は晴れるかな。
明日また元気になっていたら、
襖の張替えをしよう。

障子の張り替え」への5件のフィードバック

  1. 梶谷 修司

    西尾さん、お久しぶりです。出雲のかじたにです。
    こちらもいよいよ寒さの本番を迎えつつあります。家あそびが捗っているようでなによりです。
    そちらも寒い時期の本番となっていくのでしょうね。。 雪の積もって仕事に行きたくない日には毛布と湯たんぽでぬくぬくと
    雪の解けるのを待つのがいいですね。。 雪の積もる静かな日にはoshoの本なんていい感じですよ。
    また、春になって暖かくなったらお会いしたいですね。。 クララさんともどもお体は大切に…暖かくしてのんびりとした冬の休息を楽しんでください。   では、また。。

    返信
  2. caferoman 投稿作成者

    かじたにさん、やっほ。
    家遊びを思う存分やりたいのは山々ですが、寒いし。冬は冬で薪の心配をせねばならず、今年の冬はもとより、来年のために切り倒して乾かしておかなくちゃな、とか。田圃の溝掘りも春までには済ませておかなくちゃな、とか。
    まぁ、田舎暮らしはやらなくちゃいけないことが尽きることはありません。
    まぁ、そんな事あれやこれや、すべて投げ出しても誰にも文句を言われることがない、ってのが一番いいところなのかもしれませんが。
    たぶんまた2月頃には所用でそちら方面にいくかもしれません。会えればいいですね。

    返信
    1. 梶谷 修司

      田舎暮らしはのんびりとはいきませんか…(笑)  のんびり出来るのはもうからだがぼろぼろになってから、もっと悪くすれば死ぬ間際の束の間なんて、人間をやるのもたいへんでございます。 
      わたしの仕事も田舎暮らし的仕事で、やらなきゃやらないで誰にも文句言われず、誰の迷惑でもない仕事です(笑)
      仕事を受ける受けないはわたしの勝手ですからね(笑)  面白くなさそうな仕事や付き合いたくない人からの仕事はあっさり断ってやりたい仕事だけやってるもんで、ほぼノーストレスですがいつまでたってもお金に余裕のない人生です(笑) 
      ストレスといえば…わたしの周りにもここにきてほんとにストレスに耐えきれなくなってきている人たちが多くいらっしゃいます。みんなほんとに病んでますね。。。  
      わたしもほとんどノーストレスですが、全くないわけではなくいくらかはあります…人間だもの(笑)
      でも周りのストレスフルなひとたちを見てて気づいたのは、わたしのストレスが「可燃ごみ」で、多くのひとたちのストレスが「不燃ごみ」であることです。
      わたしのストレスは自分の考えたものが上手く形にできなかったことや仕上げに満足できなかったりしたときに感じるものですから、次の仕事でそれをやることで燃焼昇華させることが出来る…ってことで「燃やせるストレス」なのですが
      わたしに話してくるひとたちのストレスは会社や家族の人間関係や不和、会社や自治会などの組織の理不尽さや、治らない病気(本人が直そうとしていない…というか依存してる病気) そんな燃やすことができず、見て見ぬふりや他のことに目をそらしてやり過ごすことしかできない…燃やすことができず、とりあえず埋め立てて見えないようにすることくらいしか出来ない「燃やせないストレス」のようです。
      「手放す」という方法がありますが、ストレスと恐れがセットになってかなり強力にくっついちゃってるので、手放して周りからいろいろ言われたりするくらいなら、とりあえず埋め立てちゃおうか…となるようですね。。 いやはや…です。
      日本の社会を覆っているこの慣習や同調圧力に逆らったり、そこから出て行こうとすると理不尽なまでの攻撃を受けますからね…わたしも散々経験しましたから(苦笑)
      そんなひとたちからみれば「すべて投げ出しても誰にも文句言われない」生活なんて夢の世界のお話なのかもしれませんね。。  

      そう!この間の記事にあったジャス…我が家というかわたしもとてもジャズ好きです♪  聞いたところによるとジャズという音楽のジャンルは無いらしい…ですね。  確かタモリさんの言葉と聞きましたが「ジャズという音楽は無くて、ジャズなひとたちがいるだけ」  体制や世間の流れ、圧力などに抗い個性や自分自身を生きるひとたちが奏でる音という感じなのでしょうか。。。
      まぁ、そんなひとたちばかりではないのかもしれませんが、ジャズという音楽の生い立ちからはそんな感じのものなのかもしれませんね。  わたしがジャズを心地よく感じるのもここに通じているのかもしれないと感じています。
      わたしは今は《tune in》でネットラジオを楽しんでいますが、ここにもなかなか素敵なステーションがたくさんあって、家にいるときはいつも流してます。 ちなみに『Dinner jazz excursion』おすすめステーションです。
      Google Chromeから開くと聞けるようです。

      またこちらにいらっしゃる折は是非ご一報ください。 一緒に暖かいコーヒーでものみましょう。
      長くなりました。。 ではまた~。
       

      返信
  3. caferoman 投稿作成者

    「ストレスと恐れ」のセットね。ついでにポテトもいかがですか?
    って感じだね。

    返信
    1. 梶谷 修司

      ポテトはLでお願いします。 ドリンクはコーラで(笑)

      返信

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