毎年この時期になると、
ひと雨ごとに伸びる草に全く圧倒されます。
刈っても刈っても草は生える。
それも、ただ見ているだけなら、
瑞々しくて柔らかな緑の葉っぱが、
生き生きとして、食べられそうに新鮮なのだけれど。
これを全部草刈りしないといけないとなると、
あー、途端に気が重くなってしまいます。
放っておけばいいようなものだけれど、
そうすると、自分たちの生活領域が日々侵されていって、
あっという間に、足を踏み入れることさえできなくなってしまいます。
だからせめて、家や田や畑や生活道路の周りぐらいは、
嫌でも草刈りをしないといけない。
かといって、
年を取るにつれ体力が追いつかなくなってくるから、
その生活領域さえ少しずつ狭まっていくのが常道。
里山や使っていない田畑から順に、
みんな山の緑に埋もれていってしまいます。
はい。人間は自然には勝てないのです。
しかし、都会に住んでいる人たちは、
草刈りが生活の極めて重要な一部だなんて、
想像もつかないことです。
一家に一台のたこ焼き器があるように、
田舎には、一家に2,3台の草刈り機がないとやっていけません。
しかし、人間がどうしようもなくダメになってしまうのは、
こうした迫りくる草の脅威を身近に感じないで生きてるからじゃないんだろうか。
プラスチックな人工物に囲まれた暮らしで、
絵空事にうつつを抜かしているから、つまらないやつばかり蔓延るんだろう。
でもあれか。
それより、草が蔓延るほうがまだましか。
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