蝋梅の、ぽつりぽつりと。

投稿者: | 2024年1月5日

生温き年の初めの軒先に はや香を洩らす蝋梅の花

どうせなら もっと軀の引き締まる寒さであってほしかった。

年を経るごとに望んでも栓ないことばかりが増えるから、
自分で何とかできることを数え上げて、
それらを片っ端から楽しみながら、目いっぱい何とかして過ごしていこう。
そうしているうちにいつか終わるだろう。

冬ごもりにと、図書館から借りてきた15冊の本もほとんど読み終えた。
もう寒くならないつもりなら、そろそろ動き出すしかない。

石牟礼道子はすごかった。
本なんて図書館で借りればよくて、手元に貯めるもんじゃないと思っているが、
石牟礼道子の全詩集は、ちょっと買ってみたくなった。

蓮沼       「はにかみの国」石牟礼道子

わが身でえがいた半月孤
生まれてからの幾層紀かを
たしかに通りぬけ
沼の底にゆるゆる着地した

木洩れ陽に浮く靄だった髪
てっぺんに結わえつけた
白いさるすべりの
花びらの散りぐあいからして
たぶん三つ児ぐらいだったか
あらゆる断念がもう
わたしの恍惚だった
沼はねがえり まだねむり
未明の空の青みどろ

蓮の根にやどっていた蛭の大親分が
くねりながらやって来て
逆立ちしてみせ
おしりの方の口で天をさした
そしてもういっぽうの口で囁くには
いまさき 遠雷が鳴ったと思ったが
なんだ おまえが来たのか

みろこの花茎のまわりの
水のふるえを

ぼうふらや 苔をまとった魚どもや
なにしろ 虫のようなものらが
水藻になった髪のあいだに来てはねむり
水の面にひらく蕾の音をよくきいた
沼は 暁闇の夢を抱いて朝々ふるえ

蛭があるとき また言った
こんど 俺といっしょに浮いてみるか
両掌を合わせて さし出してみろ

彼はしずかにぴったり その口で
おぼつかないわたしの手首を
吊りあげたが
まだほの暗い天のかなたに
傷口のような稲妻が光ったとき
ひとつぶの露が湧くようなあんばいに
傾きゆれる 蓮の葉の上に
とろりとわたしをこぼしたのだった

そのときからゆれていた大地
おとうとの轢断死体をみつけた朝も

ゆれひろがっていた蓮の沼
あの蛭が教えた
花蜜の味のする地層の乳が

沼の表に滲み出るあした
おとうとをも吊りあげたのだ

まだ若かったまなこに緑藻を浮かべていた
その目で沼のように うっすらとわらいながら
ふむ この枕木で寝て かんがえてみゅう
かんがえるちゅう
重ろうどうば 計ってみゅう
まあ線路というやつは
この世を計る物差しじゃろうよ

そんなに思っていたので あっさり
後頭部ぜんぶ 汽車にくれてやった
残された頭のまわりに
いっしょに轢かれた草の香が漂い
ふたつの泥眼を 蓮の葉の上にのせ
風のそよぐにまかせて 幾星霜

ゆうべ かのときのほとりに
屈みこんでいたら
陽のさす前
にんげん未生の頃の
つぶらな露の玉が ひとつ
吐息を ついていた

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